漁民が、営業を放棄しだした。
一生懸命に働いても、収支決算で赤字となるのであれば、働いても致し方ないとおもうのは当然である。
赤字となるが由に、働きたくても働くことができない彼らの気持ちを思うと、実に悲しくなってしまう。
ガソリン等の高騰を引き起こしたのは、国際的な政治状況と弁明する日本政府である。
国際情勢に拠ることはあるものにしても、それを読みきれなかった日本政府の判断は非難されるべきであろう。
一時、報道を賑わした話題に「沖縄の石油備蓄基地」がある。
あの時大騒ぎして溜め込んだハズの石油は、どこにいったのだろうか!?
このような事態に使用せずして、何のための備蓄であるのか?
きっと、イラク戦争に流用され、今では空っぽのタンクがあるだけなのだろう。
また、一般市民も考えなければならない。
蟹や河豚に代表される地方でしか味わえなかった海産物が、現代では道路財源で整備された高速道路を通じて、都会でも安価に食卓になるようになった。
しかし、それで良いのだろうか!?
産地で味わえば、安く活きの良いものが食べられる。
都会等で食べる場合は、それに見合った高い価格でなければ食べられない。
そんな制度に戻っても良いのではないだろうか。
地球の裏側で採ったマグロを安い値段に食い尽くすことは止めるべきだ。
ガソリンの高騰はそれとして日本政府が政治的な決着を図る必要性があるが、これからの食料品(魚に限らず)の価格は、安ければ良いというものでは無く、労働に見合う且つ商売として成り立つ適正なものとするべきだ。
理由の不明確な消費税の引き上げを行うより、適正な販売価格の設定を至急に対応しなければ、来年の正月が迎えられない人が増える。
