多我喋

     団塊親父、居酒屋呑兵店主の独り言(おがしゃべり)−This site is exclusively for those who can understand Japanese.


多我喋blogは、引越しました

鹿角Report Blog を、自分のサーバーバーに開設したところ、とても具合が良いため

メインblogの多我喋も引越しました。

新しい多我喋は、こちらになります。

http://10.pro.tok2.com/~nonnbei/XR/modules/d3blog0/

こちらの旧blogは、放置することとしました。

これからも、新・多我喋を、よろしくお願いします。

鹿角Report Blog を開設しました

秋田県の北東部に位置する【鹿角市(かづのし)】と【鹿角郡小坂町(かづのぐんこさかまち)】エリアに特化した情報を御報せするWebLogです。


鹿角Report Blog


以降、このblogでは、鹿角に関する情報掲載は取り止めることにしました。

鹿角Report Blog を。よろしく




鹿角知名度UP作戦

鹿角知名度UP作戦より転載
(前記の方が見やすいです)

観光とは、何だ!?

交通の便が悪い
[拠点]盛岡、田沢湖、大館
現在の観光バスルート(盛岡<->十和田湖)では、見物できない環境

市内周遊バス(路線バスルートとの併用)
 鹿角市の小学校等の、修学旅行のルート等を調べる
  地域の人達は、マイカーを利用しすぎである。
  高齢化への対応ができていない。
米代川の舟運は、再開することができる環境なのか?

鹿角市のテーマは何だ?
 観光、産業、工業。農業、林業
 定量的な評価手法はあるのか?
  ある場合、何に利用しているのか?
  結果は?

花輪囃子で客寄せした場合、近辺の宿泊施設では足りない。
結局、他市に人が流れる。
また、花輪町に娯楽施設が無い。

名物が無い
(特産品が無く、どこでもある品物しか無い)
裂き織り
熊牧場

自然
紅葉、滝
故郷体験ツアー
吹雪、雪かき、稲刈り
田舎に泊まろう、何でも鑑定団などのマスコミを活用

コミュニケーションの場の提供
良かった、悪かったを語り合える場を作り、口コミによる場の拡がり
blogでの一方通行では駄目
(他地域では、感想の収集をどのように行っているのか?調査する必要)
どこの有名な観光地でも、最初は無名である。口コミで客が来る
鬼太鼓座は、約30年掛かって有名になった。

鹿角地域の人は、「井の中の蛙」にも劣る
誰もが一国一城の主のつもりで、自国を守るのに必死で、他国を見ようとしない。
blogという一方通行のネットという手段で宣伝しようとする姿勢も、その現れであろう。
全国の大半の自治体は、双方向のネット窓口を開放している。
「市長への手紙」制度を設けているところも多い

浅利純子杯
有名人となってから流しても駄目

旧・関善酒店以外に古民家は無いのか?
鹿角四頭の館めぐり (ゲームが好きな人へのアピール)
大日堂の整備

松館ダイコンを食える店の大宣伝
東京の蕎麦屋とのタイアップ

宿という閉ざされた空間の中で、満足させるための客あしらいがヘタ

銀座通り

日本橋から始まる国道1号線。
その、国道1号線の銀座1丁目から8丁目を、銀座通りと呼ぶ。

銀貨幣を作る町が人形町に移るまでは、金座と並んだこの町が、日本橋に匹敵する賑やかな地域であった。

ガス灯や歩行者天国など、この街が初めてとなった文化を上げればキリがない。

現在では、新宿や渋谷といった田舎の村が賑わっているものの、所詮は江戸の外のこと。

郊外から集った通りすがりに、銀座に居を構えて育った者の心意気が解るパスも無い。

銀座で遊ぼう。

昼夜の別無く混雑する銀座通りが、早朝の4時ころには人も車も途絶える。

ノラ猫とカラスの御食事タイムに、銀座1丁目交差点で信号を待ち、緑に変わってから時速40Kmで8丁目を目指して走ると、各丁目の信号が招いているかのように赤から緑に変わり、ノンストップで8丁目に達する。

明け初める朝日の中で、喧騒さしか見せない街を走るのは爽快だ。

声高になった日本人

NHKのドラマ「監査法人」は、実際に見たことも無いし見る気持ちにもなれないが、前宣伝を見る限り、実に不愉快そうなドラマと見受ける。

理由は、声高に居丈高に演ずる俳優達の台詞を、見たく無く、聞きたくないためである。


日本人という民族は、元来が清楚であったと思う。
必要によっては、当然のこととして大声を出すが、あのドラマのように、他人の話を聞く姿勢の無い状態で自分の言葉を強調することは無かった。

これは、日本映画からもうかがい知れる。
一方、アメリカ映画に代表される最近流行の海外映画は、まさに「監査法人」と同様である。

他人の話を聞こうともしないで、自分の言いたいことだけを聞かなければならないとでも言うかのように、大声で喚き散らす。
(イギリスやフランス映画は日本映画に類似して、個人の発言を大事にしている。)

最近の日本で発生する事件は、まさに「監査法人」の役者同様である。
身勝手に声高に話し、脅し、他人のことは考えていない。

物の値段を見直そう−ガソリンはドコに行った

漁民が、営業を放棄しだした。

一生懸命に働いても、収支決算で赤字となるのであれば、働いても致し方ないとおもうのは当然である。
赤字となるが由に、働きたくても働くことができない彼らの気持ちを思うと、実に悲しくなってしまう。

ガソリン等の高騰を引き起こしたのは、国際的な政治状況と弁明する日本政府である。

国際情勢に拠ることはあるものにしても、それを読みきれなかった日本政府の判断は非難されるべきであろう。

一時、報道を賑わした話題に「沖縄の石油備蓄基地」がある。

あの時大騒ぎして溜め込んだハズの石油は、どこにいったのだろうか!?

このような事態に使用せずして、何のための備蓄であるのか?
きっと、イラク戦争に流用され、今では空っぽのタンクがあるだけなのだろう。


また、一般市民も考えなければならない。

蟹や河豚に代表される地方でしか味わえなかった海産物が、現代では道路財源で整備された高速道路を通じて、都会でも安価に食卓になるようになった。

しかし、それで良いのだろうか!?

産地で味わえば、安く活きの良いものが食べられる。
都会等で食べる場合は、それに見合った高い価格でなければ食べられない。
そんな制度に戻っても良いのではないだろうか。

地球の裏側で採ったマグロを安い値段に食い尽くすことは止めるべきだ。


ガソリンの高騰はそれとして日本政府が政治的な決着を図る必要性があるが、これからの食料品(魚に限らず)の価格は、安ければ良いというものでは無く、労働に見合う且つ商売として成り立つ適正なものとするべきだ。

理由の不明確な消費税の引き上げを行うより、適正な販売価格の設定を至急に対応しなければ、来年の正月が迎えられない人が増える。

iPhoneの発売に思う

昨日、アップルから iPhone(アイホン)という携帯電話が発売された。

日本では、ソフトバンクが取り扱う。

かなりな高機能とのことで、高いおもちゃとしては楽しみな代物である。


そのiPhone発売について、NHKをはじめとしたTV局が挙って報道している。

某TV局のアナウンサー曰く
「私達、メディアも..」

メディアとは、
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば「メディアとは、情報の記録、伝達、保管などに用いられる物や装置のことである。」とある。

正しくは、 「マスメディア」と言うべきであろう。

マァ、それはそれとして

TV局等の「マスメディア様」は、現在は時代の最先端を走る情報媒体として悠々の日を過ごしているわけだが、

iPhoneのような携帯できるインターネット機器の進化に伴い、TV放送に頼らなくても、各個人が報道をチョイスして情報収集する時代が目前に迫っている。

日本では、ワンセグとか称し、未だにTVによる放送に拘っているが、TVによる報道を必要としているのは団塊世代以上の年代層であろう。

同じテーマの内容を各局がTV報道する現在の姿勢は、昔の共同通信にも劣るものがある。

iPhoneという簡単にインターネットアクセスできる携帯機器の出現に、TVの時代が終わったことを認識した。

神奈川県内では、煙草(タバコ)を販売するな

神奈川県知事は、県内の公衆の場所での喫煙を禁止する条例を年内に議会決議すると力んでいる。

これに対し、フィリップモリスから『喫煙OK』or『喫煙NG』を店毎に表示して、喫煙愛好家も楽しめるよう、配慮を求めたそうだ。

当然である。

神奈川県民としては、禁煙条例が施行された暁には、絶対に神奈川県内では酒を飲まず、他県で飲むことを宣言する。

神奈川県は、禁煙条例を施行するのであれば、県内での煙草販売を禁止する条例を併せて議会決議するべきだ。

煙草税は欲しい。
環境保護にも良い顔をしたい。

そんな、手前味噌が有るものか。

主語

I am a boy.

I am a girl.


中学に入学して、最初に習った英語の文法である。

この、「I am」という概念は、英語を習うまでは周辺での言葉遣いとしては無かった。

イチイチ、「私は」と言わなくとも、日本語としては通用するのである。

そもそも、西洋文化が入るまでは「主語」というものが日本語には無かったとのことである。

私は、主語に馴染まず、英語が嫌いになった。

しかし、コンピューター用語には、主語が無く馴染めるな

「御巣鷹の尾根」への登山道が崩壊

1985(昭和60)年8月12日に発生した日本航空123便墜落事故の現場である「御巣鷹の尾根」への登山道が崩壊したとの報道である。

このため、毎年8月12日に行われる慰霊登山の実施が危ぶまれているとのことだ。


これは、「お前達には、充分に供養した貰ったから、もう来なくていいよ」という天国から下界へのメッセージではないかと思うが、如何だろうか。

49日目に「閻魔によって生前の行いを裁く審判がなされ、極楽に辿りつく」とされ、四十九日法要を営む。

閻魔の審判というものがあるのかは知らないが、下界の者は何時までも嘆いているなという教えなのであろう。


日本航空墜落事故に限らず、大事故があると、永年に亘って事故現場に慰霊碑を設置して供養が行われる。
大事故に限らず、日常茶飯事の交通事故等でも慰霊碑を設けたい者は多いであろうに。

「御巣鷹の尾根」の樹林を丸裸にして慰霊碑を設置したことの是非は、歴史が判断することであろう。

供養は自宅ででも行える。

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