日本橋から始まる国道1号線。
その、国道1号線の銀座1丁目から8丁目を、銀座通りと呼ぶ。
銀貨幣を作る町が人形町に移るまでは、金座と並んだこの町が、日本橋に匹敵する賑やかな地域であった。
ガス灯や歩行者天国など、この街が初めてとなった文化を上げればキリがない。
現在では、新宿や渋谷といった田舎の村が賑わっているものの、所詮は江戸の外のこと。
郊外から集った通りすがりに、銀座に居を構えて育った者の心意気が解るパスも無い。
銀座で遊ぼう。
昼夜の別無く混雑する銀座通りが、早朝の4時ころには人も車も途絶える。
ノラ猫とカラスの御食事タイムに、銀座1丁目交差点で信号を待ち、緑に変わってから時速40Kmで8丁目を目指して走ると、各丁目の信号が招いているかのように赤から緑に変わり、ノンストップで8丁目に達する。
明け初める朝日の中で、喧騒さしか見せない街を走るのは爽快だ。
NHKのドラマ「監査法人」は、実際に見たことも無いし見る気持ちにもなれないが、前宣伝を見る限り、実に不愉快そうなドラマと見受ける。
理由は、声高に居丈高に演ずる俳優達の台詞を、見たく無く、聞きたくないためである。
日本人という民族は、元来が清楚であったと思う。
必要によっては、当然のこととして大声を出すが、あのドラマのように、他人の話を聞く姿勢の無い状態で自分の言葉を強調することは無かった。
これは、日本映画からもうかがい知れる。
一方、アメリカ映画に代表される最近流行の海外映画は、まさに「監査法人」と同様である。
他人の話を聞こうともしないで、自分の言いたいことだけを聞かなければならないとでも言うかのように、大声で喚き散らす。
(イギリスやフランス映画は日本映画に類似して、個人の発言を大事にしている。)
最近の日本で発生する事件は、まさに「監査法人」の役者同様である。
身勝手に声高に話し、脅し、他人のことは考えていない。
漁民が、営業を放棄しだした。
一生懸命に働いても、収支決算で赤字となるのであれば、働いても致し方ないとおもうのは当然である。
赤字となるが由に、働きたくても働くことができない彼らの気持ちを思うと、実に悲しくなってしまう。
ガソリン等の高騰を引き起こしたのは、国際的な政治状況と弁明する日本政府である。
国際情勢に拠ることはあるものにしても、それを読みきれなかった日本政府の判断は非難されるべきであろう。
一時、報道を賑わした話題に「沖縄の石油備蓄基地」がある。
あの時大騒ぎして溜め込んだハズの石油は、どこにいったのだろうか!?
このような事態に使用せずして、何のための備蓄であるのか?
きっと、イラク戦争に流用され、今では空っぽのタンクがあるだけなのだろう。
また、一般市民も考えなければならない。
蟹や河豚に代表される地方でしか味わえなかった海産物が、現代では道路財源で整備された高速道路を通じて、都会でも安価に食卓になるようになった。
しかし、それで良いのだろうか!?
産地で味わえば、安く活きの良いものが食べられる。
都会等で食べる場合は、それに見合った高い価格でなければ食べられない。
そんな制度に戻っても良いのではないだろうか。
地球の裏側で採ったマグロを安い値段に食い尽くすことは止めるべきだ。
ガソリンの高騰はそれとして日本政府が政治的な決着を図る必要性があるが、これからの食料品(魚に限らず)の価格は、安ければ良いというものでは無く、労働に見合う且つ商売として成り立つ適正なものとするべきだ。
理由の不明確な消費税の引き上げを行うより、適正な販売価格の設定を至急に対応しなければ、来年の正月が迎えられない人が増える。
神奈川県知事は、県内の公衆の場所での喫煙を禁止する条例を年内に議会決議すると力んでいる。
これに対し、フィリップモリスから『喫煙OK』or『喫煙NG』を店毎に表示して、喫煙愛好家も楽しめるよう、配慮を求めたそうだ。
当然である。
神奈川県民としては、禁煙条例が施行された暁には、絶対に神奈川県内では酒を飲まず、他県で飲むことを宣言する。
神奈川県は、禁煙条例を施行するのであれば、県内での煙草販売を禁止する条例を併せて議会決議するべきだ。
煙草税は欲しい。
環境保護にも良い顔をしたい。
そんな、手前味噌が有るものか。
I am a boy.
I am a girl.
中学に入学して、最初に習った英語の文法である。
この、「I am」という概念は、英語を習うまでは周辺での言葉遣いとしては無かった。
イチイチ、「私は」と言わなくとも、日本語としては通用するのである。
そもそも、西洋文化が入るまでは「主語」というものが日本語には無かったとのことである。
私は、主語に馴染まず、英語が嫌いになった。
しかし、コンピューター用語には、主語が無く馴染めるな
| 多我喋 |
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